金沢仏壇の七職について

金沢仏壇の七職

金沢仏壇は、七つの専門工程「七職」によって作られます。
木地、宮殿、木地彫り、箔彫り、塗り、蒔絵、金具。
それぞれの職人が役割を分担し、一つひとつの技を積み重ねて完成します。

建築技法にも通じる堅牢な木組み、加賀蒔絵の繊細さ、金沢産金箔の華やかさ──。
七職の技がそろうことで初めて、金沢仏壇を象徴する上品で格調ある佇まいが生まれます。

現在まで七職の技法は途切れることなく受け継がれ、金沢の伝統工芸を支える大切な土台となっています。

木地

木地には主にイチョウとヒバを使用しています。これらの材は湿度変化に強く、耐久性に優れているため、長く安心してお使いいただけます。

各部の接合には「ほぞ組」を用いています。ほぞ組とは、ほぞ穴(凹部)にほぞ(凸部)を差し込んで材を強固に接合する伝統的な工法で、木材のねじれや歪みを防ぎ、しっかりとした骨組みを作ることができます。

金沢仏壇には基準が定められており、地の骨組みにはアオモリヒバ(クサマキ)、板物にはイチョウなどを用いることが基本です。いずれも耐久性に優れ、長期にわたり安定して使用できるためです。
また、ほぞ組によって構成されているため全体が堅牢であり、必要に応じて分解して加工・加飾が行えるほか、後日の修理や洗浄の際にも非常に扱いやすい特徴があります。こうした構造が、金沢仏壇が世代を超えて愛され続ける理由の一つとなっています。

宮殿

宮殿の画像

宮殿とは、仏壇内部に設けられた屋根構造のことです。
この宮殿は、1,000点を超える細かな部品を一つひとつ手仕事で仕上げて組み上げられています。
特に、300〜400もの小さな部品を組み合わせる「マス組」は、非常に精密な工程です。
わずかな誤差も許されない作業であり、高度な技術を持つ職人だからこそ成し得る、まさに工芸美を体現した部分といえます。

箔彫り

箔彫り画像

かつて金沢は職人の数にも恵まれていたため、
金箔を押して仕上げる彫刻「箔彫り」をいう専門分野の職人が活躍してきました。
これは他ではあまり見られない特徴とも言えます。
漆を塗り、金箔を貼ったり金粉を蒔いたりして仕上げられる彫刻のことです。
彫りの凹凸が塗りで埋まりやすい為、木地彫りに比べて深く仕上げられます。
また漆の刷毛が入りやすいよう分離できるつくりになっているところも特徴です。
金箔を貼る際には箔が千切れないよう、入念に細工彫りが施されています。

木地彫り

木地彫り

彫刻を施す部分のうち、障子の上越、中越、下越および前指しはすべて塗り加工、
箔押しをせず、木肌そのものを眺めるこれらの彫刻のことを木地彫りと言います。
材料となるのは柘植や桑などの堅い木です。
十分に乾燥させたこれらの木に下絵を描き、花鳥や天人などの模様を彫り出します。
優雅で繊細な彫刻が仏壇全体に渋みと上品さを加えています。
いくつもの彫刻刀を使い分けて細部を仕上げます。
箔彫りとは異なり、積重ね方式では無く一枚板の彫りで仕上げます。

金具

金具

仏壇を煌びやかに演出する金具の装飾です。
障子金具には枝を施し、外周の輪郭などには面を取っています。
通常は銅版や真鍮、高級品の金具には銀を使用することが多いのが特徴です。
材料を打ち切る刃物、切りたがね、模様たがねを使用して、
ひとつひとつ手作業で仕上げています。

塗り

最初に木地、宮殿、箔彫りの完成品に下地を塗っていきます。
下地とは、土と混ぜた「錆下地」を使い、ヘラや刷毛で塗っていきます。
次に、下地を研ぎ出し、刷毛で「中塗り」をします。
そして、中研ぎをし、「上塗り(仕上げ塗り)」をし、仕上げていきます。
金沢仏壇の塗師は、上塗りした部分に「箔押し(別パネル⑨参照)」もします。
そして、全てのパーツが仕上がったものを「組み立て」し、仏壇を完成させます。

蒔絵

金沢仏壇の蒔絵は、漆を盛り上げて立体感を出す高蒔絵、金封の丸粉や梨子地粉や切り金、螺鈿等を散りばめ、上から塗った漆から研ぎ出す研ぎ出し蒔絵、高蒔絵の上から模様や線を描き込む平蒔絵と、複合的に技法を重ねた絢爛豪華な蒔絵が金沢仏壇の特徴のひとつです。
描く図案は蓮や菊、天女、釈迦一代記や親鸞一代記といった仏教的主題だけでなく、遣唐使や竹林の七賢人といった物語性のある人物画があります。
麒麟、鳳凰、龍、亀や宝尽くしなど吉祥を表すもの、唐獅子牡丹、孔雀や四君子といった花鳥画、柱や段縁にする金具型と多種多様です。
明治、大正期には仏壇や漆器の蒔絵師の明確な区別はなく、金沢漆芸会が定期的に出していた図案集なども参考に意匠を描いていました。図案集には万国博覧会の出品作品もありました。

工程図

金沢仏壇は豪華絢爛、高い技術の伝統工芸品

金沢仏壇は、1976年(昭和51年)に国の伝統的工芸品として指定された、石川県金沢市を代表する仏壇です。

加賀百万石の地で育まれた華やかな加賀文化と、加賀藩細工所に受け継がれる高度な技術が結集し、今日まで脈々と受け継がれています。

現代に受け継がれる7つの職人技

金沢仏壇の起源は、17世紀後半にまで遡るといわれています。
当時の細工所では、蒔絵・漆・紙・金工・絵・象嵌・刀鍛冶など、約23もの専門分野に分かれていたと伝えられています。

時代の変化や材料の希少化により、現在の制作工程はおよそ10工程となりましたが、その中でも下記の7つの工程は、金沢仏壇が誇る代表的な職人技として今も受け継がれています。

加賀藩の歴史と仏壇の深いつながり

加賀藩の地では、古くから仏教文化が広く根づいていました。
1471年(文明3年)には、浄土真宗の僧であり本願寺中興の祖とされる蓮如(れんにょ)が、南加賀の吉崎(現・福井県あわら市)に吉崎御坊を建立し、その信仰は大きく広まりました。
さらに江戸時代には、幕府の宗門改めにより各家庭に仏壇を置くことが推奨されたこともあり、加賀の地では仏壇文化が他地域よりも自然に浸透していく素地が整っていました。

蒔絵の多さが象徴する“金沢らしさ”

金沢仏壇の大きな特徴は、美術工芸として高く評価されてきた加賀蒔絵の技術が、惜しみなく取り入れられている点です。
「磨き蒔絵」や「高絵」など、職人による高度な技法が随所に施され、華やかさと品格を兼ね備えた仕上がりとなります。

金沢仏壇を支える
伝統工芸士一覧

氏名部門
平野 一次木地
三島 修漆塗
斉田 朋好蒔絵
吉井 吉則彫刻
杉林 孝幸金具
山田 泰造漆塗
山本 孝三漆塗
塗師岡 雅秀漆塗
林 利一彫刻
金子 孝久漆塗
櫛田 稔蒔絵
大竹 外司朗蒔絵
能 要二金具
平岡 雅宏木地
新保 一幸漆塗
山田 晃輔漆塗
大村 智子蒔絵

令和7年度更新 認定年度順